電話男   日高トモキチ


 その公衆電話を使った人は、決まって何処かへ行ってしまうのだった。
 通話しているところは多く目撃されるのだが、受話器を置いて立ち去るところを見た人はいないという。してみれば消失は話している間に起きているに相違ない。
「お釣りはどうなるんだろ」
 御子神華枝が眉を顰めて呟いた。
「10円玉ならともかく、テレカだったら戻ってくる筈だよね。その場に残ってないと変。よしんば使い切ったとしても、ピーピー言って出てくるじゃん」
 よしんばって実際に使う人に初めて会った気がするね。
「いつか使ってやろうと思ってたんだ」
 これから君のことをよしんばさんって呼んでもいいかな。
「断る。ぶっとばすよ」
 御子神がくり出す強烈な肘鉄をいつものように軽く躱すと、ぼくはすばやく彼女の後ろを取ってそのあたまをぐりぐりと撫でた。ははは他愛ないのう、よしんばさんは。
「やめろうっ」
 ププププププッ、ププププププツ。
 時ならぬ電子音にぼくたちは動きを止め、顔を見合わせた。
 音の出どころはすぐに知れた。そう、目の前の公衆電話である。
 それなりに人通りもある午後九時半すぎの駅前だが、けたたましい呼び出し音を誰も気にする様子がない。これは、
「……あたしたちにしか聞こえてない?」
 うん。そんな気がする。ぼくたちふたりに向けて、コール音を鳴らしているのだ、
 どうやら電話はぼくたちに用があるらしいよ。
「わかった」
 御子神がくちびるを噛む。
「消えたひとたちは、電話をかけたんじゃない。こうやって、かかってきた電話を受けただけなんだ。だからお釣りは出ないしカードも残ってなかったんだ」
 さすがは御子神華枝、ぼくの相棒だ。
 ニヤリと笑うとぼくは電話に歩み寄り、御子神が止める暇もあらばこそ、受話器を取って耳に当てた。
 遠く電話線の向こうから、深い窖の底から響くような暗い声が語りかけてきた。
「お……えら……んな……」
 すみません、よく聞こえないんですが。
「おまえら……ふざけんな……」
 は?
「……ひとの目の前で……イチャイチャしやがって……畜生……りあじゅうばくはつ……」
「ねえ何、誰なの」
 よくわかんない。なんかモテない奴っぽいよ。
「くそおおおおおお!」
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ!
 電話は激しく振動すると根元から勢いよく噴煙を吐き出し、垂直に上昇したと見る間に一気に加速、闇夜に白い煙の尾を残して上空遥か飛び去っていった。
 それきりである。
 行方の知れなくなった人たちの行方は、いまだ杳として知れない。
「いいの?」
 うん。よくわかんない。






日高トモキチ
漫画家・よろずもの書き。既刊に『里山奇談』『里山奇談 めぐりゆく物語』(coco・玉川数と共著)ほか。